現実世界におけるミステリー的な発想力の活用(前編): その可能性について

散文

前回の記事で紹介した『SFプロトタイピング』は、SF的な発想力をビジネスに活用する手法です。

SF(サイエンス・フィクション)は、その名のとおり、フィクションです。ですから『SFプロトタイピング』で用いるSF的な発想力は、すなわち「フィクションの力」です。

ところで、SF以外にも「フィクション」は多数存在します。代表例はミステリー・フィクションです。

今回は、ミステリー作品が持っている「フィクションの力」の現実世界における活用の可否について、前後編で考察していきます。

本記事は、前編です。

そもそもミステリーと相性の良い「現実世界の問題」は存在するのか?

上記のような見出しなのに、いきなりで恐縮ですが……、SFとビジネスの相性の良さとは対照的に、ミステリーとビジネスの相性はあまり良さそうにありません。

なぜなら、ビジネスは未来を見据えて展開するものであり、SF作品はその未来を描くのに適していますが、ミステリー作品のなかに未来像を見出すことは困難だからです。

たとえば、「ジョン・ディクスン・カーの密室トリックを参考にして新規事業を立ち上げよ」と上司から命令されたら、私なら絶望してしまいます。

しかし、ミステリー作品には得意分野があります。

それは「過去」に関わる分野です。

たとえばミステリーの王道である「犯人当て」は「誰が罪を犯したのか」という「過去」を特定する物語です。

また「アリバイくずし」などは「犯人が仕組んだトリック」という「過去」を暴くことが主題です。

さらにミステリー作品には、そのものずばり「歴史ミステリー」というジャンルまであります。

このように、ミステリーは「過去」に起因する問題と非常に相性が良いのです。

なお、ここでいう「過去」に起因する問題とは、たとえば、事件・事故の真相究明や、邪馬台国はどこにあったのかといった歴史上の謎などのことです。

現に、ミステリーの巨匠・松本清張は、実際に起こった事件や、古代史に関する多くの著書をのこしています。

清張の場合、じつのところ「ノンフィクション」作品も多いのですが、彼が事件推理や古代史研究に取り組んでいたという事実そのものが、ミステリーとこれらの問題との相性の良さを物語っています。

余談ですが、松本清張の古代史関連の作品のなかで、とくに私が好きなのは『水行陸行』という短編です。フィクションパートと古代史推理パートのバランスが絶妙ですし、なにより清張作品に特有の人生の儚さや物悲しさを感じられる傑作だと思います。

私は、この作品で「邪馬台国もの」にハマってしまい、以降、高木彬光『邪馬台国の秘密』、荒巻義雄『「新説邪馬台国の謎」殺人事件』、井沢元彦『卑弥呼伝説』、篠田秀幸『卑弥呼の殺人』、鯨統一郎『邪馬台国はどこですか?』などを読みあさることになりました。

SFとミステリー・フィクションの共通点

『SFプロトタイピング』においては、SFの発想力で「想定外」の未来を描き出します。

これと対になるように、ミステリーの発想力は「想定外」の過去を導き出します。

ミステリー作品の醍醐味といえば、なんといっても「どんでん返し」です。

「どんでん返し」を売りにした推理小説の帯には、よく「驚愕のラスト」と書かれていたりします。この「驚愕のラスト」が、読者の「想定」を覆すものであることは言うまでもありません。

さらに、優れたミステリー作品においては、作中に散りばめられた伏線が、最終的に見事に回収されます。こういった「伏線回収」も、物語られた事柄の意外なつながり、すなわち、読者の「想定」を超えた関係性の提示にほかなりません。

つまり、ミステリー・フィクションは、SFと同様に、人間の思考を「想定外」の領域に導く力を持っているのです。

私、推理小説はおそらく1000冊以上読んでいますが、いまだに「どんでん返し」を売りにした新作を読むたびに「驚愕のラスト」に素直に驚愕しています。

私が「名探偵」と呼ばれる日は永遠に来ないでしょう……。

まとめ(前編)

前編のポイントは、下記の2点です。

  • ミステリーは「過去」に起因する問題と非常に相性が良い
  • SFとミステリーには人間の思考を「想定外」の領域に導く力がある

上記のポイントから見えてくるのは……、

SF的な発想力をビジネスに活用できるのと同様に、ミステリー的な発想力を事件・事故の真相究明や歴史上の謎の解明に活用できるという可能性です。

たとえば、

もしシャーロック・ホームズが邪馬台国の位置を推理したとしたら、彼はいったいどんな結論を導き出すのだろうか?

そんな妄想を入り口として議論を展開することで古代史の真相に迫るというアプローチもあり得ます。

一方、さらに考察を進めたところ、ミステリー的な発想力の活用には限界があるということも見えてきました。

後編では、このような「ミステリー的な発想力の活用の限界」について解説したいと思います。

今回はここまでです。

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